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2008年8月17日 (日)

この盛夏はここにしました。という旅のお話、その1

このお盆休みにまたまた旅行に行ってきました。
〝え?また行ったの?〟
はい、またまた行ってきました。
〝よく行くねぇ〟
はい、本当によく行きます、はい・・。スミマセン

ということで。
今回もまたバスパックツアー、主催はクラブツーリズムです。
福井温泉と東尋坊 世界遺産の白川郷・白山スーパー林道・安宅の関
と、とっても2日間で、盛り沢山の内容。

Blog6644_2 8月14日(木)1日目

バスは最終集合場所のJR本庄駅前に到着、すでに行田・熊谷・深谷でツアー客を乗せてるので、バスには多くの先客が。ここで我々を乗せてバスも満席。今回は42名の参加者だそうで、結構な賑わい。このお盆に他に行くトコないの?と自分に唾吐くような問いかけをしつつ、バスに乗り込みました・・。
今回のツアー参加者は高齢者ばかりじゃなくて、子供連れ(夏休みだしね・・)も、若い女性同士の参加者、それに一人で参加した人もいました。

Blog6678 バスは本庄駅前から、関越自動車道の本庄児玉インターへ。そこから最初の目的地 安宅の関(石川県)へと向かいます。
埼玉県から石川県までの行程はこんな感じ。
埼玉(関越自動車道)-群馬・長野(上信越自動車道)-新潟・富山(北陸自動車道)-石川。(関東から長野経由で日本海に出てそのまま西へ。)
Blog6679 最初の目的地までなんと6県!をバスで走破します、すごい。

ちょうどお盆休みの帰省の時期、道路渋滞を心配したけど、新潟の妙高高原で渋滞した程度であとは順調でした。

朝9時前に本庄駅を出発し
妙高サービスエリア(上信越自動車道 新潟県:写真上)
小矢部川サービスエリア(北陸自動車道 富山県:写真下)
でトイレ休憩、昼食は車内でお弁当を食べながら、いよいよ石川県に突入。
時間は午後2時を回っていました。

Blog6645 安宅の関
バスは安宅の関のある住吉神社前に停車。
この入口に〝さざれ石〟が神木と一緒に祀られています。
さざれ石ってアレですよアレ。
「君が代」の♪千代に~八千代に~さざれ~い~し~の~ のさざれ石です。
昭和36年に実存発見されるまで、このさざれ石って幻だったみたいですね。
(家人に教えてもらいましいた、はい。)

Blog6647 さて参道に昇っていくと、社が見えます。
ここで安宅の関の由縁のお話を巫女さんから訊きます。
あ、巫女さんって言ってもおばさまです。
その巫女おばさま、ツアー参加者を神前に座らせ、説明を始めます。
その説明は、本当に見事なものでした。その口調・迫力・抑揚ある語り口に皆引き込まれます。説明しながら、話を聴く人に浴びせる巫女おばさまの視線ビームがヒラリー候補のように、とても迫力あって。なんか蛇に睨まれたカエル状態でツアー客は話を聞いてます。

Blog6648 安宅の関のお話はざっとこんな感じ。

源義経を捕まえるべく、頼朝は安宅に臨時の関所を設けた。そこに山伏姿に変装してやってきた義経・弁慶一行を怪しいと疑う関守富樫。そこで弁慶は「東大寺復興勧進(資金集め)のため」と嘘をついて、何も書いていない勧進帳(寄付帳)を見事読み上げた。弁慶の機転で難を逃れたに思われた一行だが、今度は義経が疑われる。弁慶はすかさず「おまえが義経に似ているなどと疑われるから、足止めを食らうのだ!」と、主の義経を金剛杖で打ち据えた。それを見た関守富樫が、この男が義経であると気づきながら、弁慶の忠誠心に心を打たれて関所を通行させたってお話。

このお話が、歌舞伎の「勧進帳」でも有名らしい。

Blog6646 そこからこの住吉神社のお札は「難関突破のお札」としても有名と巫女おばさまは力説。
難関大学、有名企業、どんな難関も突破しちゃうんですよ~!
でも。
この巫女おばさまの〝買ってけ視線〟をさえぎって、なにも買わずに帰るのが、まずは難関と、家人がぽつりと冷静分析していました。(もちろん家人は視線を意に介せず買いませんが)
しかし他のツアー客の多くは〝買ってけ視線〟の影響か、お札売り場は賑わっていました。

(第一日目 後半へ続く)

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