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2009年11月29日 (日)

小諸古城の旅情と湯けむりの里(懐古園編)

Dscf3525先週のお話ですが、信州小諸に行ってきました。なんか自家用車にETC付けてから日曜の度に信州長野や上州群馬の秘湯へいくのが、ここ最近の私の『お勤め』のようになっていくばくか・・。今日の上信越自動車道も行きは流れも順調(帰りは地獄=渋滞・・)、天候もまずまずです。

Dscf35312 ところが!紅葉に染まった群馬の山々を抜けていくと軽井沢手前で渋滞にはまりました。渋滞が軽井沢ICの出口に続いていました。どうやら後で知りましたが、軽井沢アウトレットへの渋滞だったようです。渋滞を抜けて長野に入ると、青い空が広がり、目の前に白い雪を被った標高2568mの浅間山が現れました。

Dscf3533 今回はかつての小諸藩の城下町、小諸です。小諸ICを降りてすぐに懐古園があります。酔月城なんてちょっと小粋な艶っぽい名前を持つお城だった小諸城の城址は今や公園となって観光客だけじゃなくて地元の人たちも訪れて賑わっているそうです。ちょうど紅葉の時期も終わりの頃で観光客もまばらでした。

Dscf3537 入口にはなぜかSL(C56144)が置かれていました。季節柄赤いモミジに彩られてなかなか美しい姿でした。しかしなぜSL?そういえば時々公立の公園ってSL飾っていません?アレはなんでしょうかね。国鉄からのお下がり?城址公園だからあまり関係なさそうですがね。ま、細かいこと言っても・・。

駐車場から風情感じる二の丸跡の城壁を通って三の門料金所入口から園内に入場します。大人500円です。

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Dscf3543 園内にはいると盛りを過ぎたとはいえ、まだ紅葉が美しいです。番所跡を通って、右に北丸跡、左に南丸跡を通りすぎて中へと進みます。この小諸城は、元禄15年(1702年)、越後国与板藩より牧野康重が1万5千石で入封すると、版籍奉還まで約1701年間、牧野氏が10代にわたって居城としたお城。

Dscf3547 黒門橋は、別名そろばん橋と言うそうで、元々は戦時で緊急の際に、橋げたが取り外して敵の潜入を防ぐことが出来たそうです。今はそんな必要もまったくなく、観光客が安全に観てまわれるように橋が架けられています。橋の下は水のない堀で、その両側にモミジが赤く染まって彩っています。

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お城の本丸跡には懐古神社が祀られています。その横にある池には噴水がなめらかな曲線を描いて水面に堕ち、波紋もまた池の周りの木々と美しい調和をしています。

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Dscf3563_2 明治13年に城郭は払い下げられ、「懐古園」と名付けられたそうです。そして、城郭の美しさ、歴史的価値を残しながら、近代的な公園となったようです。木々の合間から見える石を積んだ城壁も苔むして趣もあります。ここはかつては馬場のあった場所、今は桜の名所でもあるようです。

Dscf3594_2 そこから千曲川の川岸方面にはまだまだ美しい紅葉の林が残っていました。落ち葉をさくさくを踏みしめて進むと柔らかな感触が足から伝わってきます。

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Dscf3575 木々の合間から千曲川の流れ、そして堤防が遠くに見えます。枯れた木と赤く染まった木とのバランスもまた美しいです。

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Dscf3571 歴史ある城址だからこそ、こんなに力強い木の根も見ることが出来ます。しっかりと大地に根をはって空高く枝を広げる姿は雄大ですらあります。

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怖い名前をもつ割に紅葉のキレイな地獄谷にかかる橋の名前が酔月橋

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Dscf3587 島崎藤村ゆかりの地でもある小諸だから、懐古園にも藤村記念館があります。そしてその記念館の前には唱歌の「椰子の実」の歌碑が。
名も知らぬ 遠き島より 流れよる 椰子の実ひとつ
自分も好きな詩であり、心に残るメロディーです。(つづく)

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