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2010年2月 8日 (月)

虹の国はいまだ遠い。だからこそ胸に熱く残る。「インビクタス/負けざる者たち」

335400view002 反アパルトヘイト(人種差別・隔離政策)運動の旗手として逮捕されたマンデラモーガン・フリーマン)は27年間も獄中にて過酷な環境に置かれた。やが四半世紀以上の投獄後、ようやく解放されたマンデラは1994年に南アフリカ共和国初の黒人大統領となる。しかし国情は経済的に窮地に追い込まれていた。

335400view003 国民もアパルトヘイトの影響でバラバラ状態。マンデラの取り組むべき難題は山積状態の中、おりしも翌年がラグビーワールドカップが南アで開催されることになっていた。白人の象徴「ボクス」は国の恥とまで言われた弱体チーム。そんなチームのキャプテン(マット・ディモン)のもとにある日一つの電話が・・。

335400view005 生きる伝説の巨人マンデラの大統領時代の実話をイーストウッド翁が撮った作品。冒頭、マンデラを乗せた車が通る道路の両脇で2つの好対照なグランドが描かれている。ひとつは白人が芝生でラグビー練習、通り過ぎるマンデラには冷ややか。もうひとつは黒人が砂地でサッカー、マンデラを熱狂で見送る。

335400view004 そのシーンだけでこの国の実情を見せたイーストウッドの腕の見事さ。そして長きの投獄を経て大統領になったマンデラがとった行動は『赦し』だった。アメリカ人お得意の復讐や制裁などでは決してなかった。離れた国民の心を一つにしたい。その想いが「自分の家族は4200万人」という表現として皆を引っ張る。

335400view006 1995年といえば国内では神戸・淡路大震災、オウム事件の数々、国外ではフランスによる南太平洋での核実験と破壊的・破滅的災害や暴挙が起きた衝撃かつ哀しみに包まれた年だった。こんな年にこんな感動的な逸話があったとは。教えてくれてありがとう!そしていまだ健在のマンデラ氏に最大の敬意を。

 
「私こそが私の運命の支配者であり、私こそが私の魂の指揮官なのだ」

(「インビクタス」より抜粋 W.E. Henry)

インビクタス/負けざる者たち 8.5点 ★★★★☆

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受信: 2010年2月 8日 (月) 10時15分

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映画「インビクタス/負けざる者たち」を観ました。1994年。南アフリカ国初の黒人大統領になったネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)はアパルトヘイトによる人種差別や、経済格差が残る国をまとめるため、ラグビーチームの立て直しを図る。マンデラと、チームキャ... [続きを読む]

受信: 2010年2月15日 (月) 08時13分

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