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2012年1月の10件の記事

2012年1月31日 (火)

つらいばかりじゃ、ありゃしない。

雪国新潟からこんにちは。

もともと静岡県民でした私にとって、この新潟の雪はいわゆる『キャパ』ってやつを超えてます。
新潟に行きます、とメールをしてから音沙汰もなく、雪に埋もれたと思われた方もいらっしゃる・・というほど、このブログは読まれていないから、杞憂にすぎませぬ。

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この大雪の中、新潟の事務所の中で仕事をこつこつとしておりました。事務所の中は暖かいですよね(当り前か)。
この寒い土地だからこその良さもあったりします。

この日のランチは河竹鮨。昼からお鮨って何さま!って思われてるそこのあなた。
このランチ、1.5人前で700円なんですよ。

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この値段で新潟の美味しい鮨が食べられるのがうれしい。新潟の美味しいお米と日本海で獲れた新鮮なお魚。
そのふたつの最強タッグのシンフォニーを700円でお腹いっぱい食べられるのですよ。

雪の降らないところの皆さま、雪はつらいけど・・でもこのお鮨ならグラッときませんか?

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2012年1月27日 (金)

雪の椿

雪の深い中、新潟の事務所にて仕事をしてきました。

やはり関東圏とは違いますね、事務所の窓から見える世界が。

北海道にお住まいのソナタさんからみれば「甘いわよ」と言われそうですが、
私にとっては驚きの世界です。窓の外は真っ白で。

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本当に川端先生は、いいことを言われた。

「トンネルを過ぎるとそこは雪国だった」

ほんとにそうなんですよ。
群馬から新潟に抜ける関越トンネル。そこから先は雪国 新潟。

新潟駅前にひっそりと咲く椿の紅い花。雪をかぶってきれいでした。
来週も週の初めは新潟出社です。風邪をひかないようにしないと。

少しは雪も手心加えてほしいな・・なんてね。

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2012年1月25日 (水)

走り続けた先にあるもの~マイウェイ 12,000キロの真実

1928年、日本占領下の京城(ソウル)。
憲兵隊司令官を祖父に持つ少年・長谷川辰雄オダギリジョー)と使用人の息子キム・ジュンシクチャン・ドンゴン)は運命の出会いをする。走ることが得意な二人は子供のころから常に競い合い、ついに次期オリンピックの選考会で勝負の時を迎えた。しかしそのレース判定に政治的な判断が入り、納得いかない京城市民は暴動を起こす。事件の結果、ジュンシクはじめ多くの朝鮮人青年たちは日本軍に強制徴用され、モンゴル国境近いノモンハンに送られることになる。ここから遥かな旅が始まる・・。

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評価の分かれる映画だと思う。
戦闘場面は凄まじいの一言。これだけの迫力ある戦闘映像はなかなか見られない。
そして主役の二人の好演は素晴らしかった。変わることのないジュンシクの想い、移り変わる辰雄の心情、実に対照的な二人の内面がその表情だけで伝わってくる。

ただ、映画の冒頭に「これは実話に基づいて」的なこと書いているが、そのほとんどはフィクションらしい。さらにはっきりと反日感情が出てきて過剰なほどだ。この2つを割り切れるかどうかで、評価は変わるだろう。そして戦闘シーンが長すぎて見ていて少々疲れてしまい、本来描かなければばらない二人の話が今一つ伝わってこなかったことも残念だね。

マイウェイ 12,000キロの真実

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2012年1月24日 (火)

旅立ちと決別と~ALWAYS 三丁目の夕日'64

昭和39年、日本中が高度経済成長と東京オリンピックに沸く中、生き生きと生活をしている夕日町三丁目の住民たち。小説家の茶川吉岡秀隆)はヒロミ小雪)と結ばれ、高校生になった淳之介とともに新しい家族を迎えようとしており、鈴木オートの則文堤真一)も相変わらずの元気ぶり。会社もロクちゃん堀北真希)が会社を支えるほどに成長し、新しい従業員も入ったものの、一平の新しい趣味?に困惑していて・・。そして新しい旅立ちの時期がこんな街に訪れてくる。

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2作目から5年の歳月が経ち、一平や淳之介も高校生になっていた。
日本の高度成長はさらに加速し大きなビルも立ち並ぶ。しかしこの三丁目の路地の陽だまりはは変わらずにあったかい。

でも、映画は西岸良平さんの原作との決別を迎えた。
原作はいつまでも歳をとることがない設定だが、しかし映画は5年という年月を経た。実写の運命だね。
原作ファンにとっては納得しかねるだろうけど、ロクちゃんを女性にしたこと、茶川先生を青年にしたことで、最初から原作とは違う世界を作っていたのだから、やむを得ないとも思う。。
ロクちゃんの恋のお相手のもっていき方、淳之介のくだりは、もう少し脚本を練った方が良かったんじゃないかなぁ。

ALWAYS 三丁目の夕日'64

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2012年1月19日 (木)

木村(憂歌団)と房之助の男の唄に惚れる。

憂歌団が好きだった。

あの独特の関西テイストも慣れてみると渋さが残る。

勘太郎のギターと木村の唄には浪速のブルース魂がある。
現在はバンドは冬眠ということで実質解散した状態だ。

その木村と、あの近藤房之助。
一部にはちびまる子の踊るポンポコリンで名前をはしたが・・・
彼のまた素晴らしいシンガーだ。

この二人のコラボ。
味が深い。かっこいい。すてきな親父だ。こんな親父になりたい。

夜に静かに聴くにはもってこいなんだな、これが。

木村充揮×近藤房之助 - 酒と泪と男と女

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2012年1月18日 (水)

暗くなるから家に帰ろうとした男。

イタリアの豪華客船「コスタ・コンコルディア号」が座礁沈没したニュース。
テレビから聞こえてきた話がうろ覚えだけど、船が岸に近いところを航行したため
だとか。そしていかに岸に近いところを航行するかが、ひとつの勇気試しみたいな
ことになっているんだとか。

勇気を試したい、って割にはさっさを船をおりて逃げちゃった。
「船に戻れ!」
何度も何度も沿岸警備隊に言われても「話を聞いてください」「暗いから」

勇気を出すところを間違えてるぜ、キャプテン!

行方不明者もまだまだ多くいて、大惨事になったこの事件。
構造的問題のような気もする。
海の上であるというリスクの上に立った豪華さ。
主催者側もお客のほうも快適の方にばかり目が行ってしまっている。

でも。
海の上だからね。

悪いのは暗くなったから家に帰りたくなった男、だけの問題じゃないよね。

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2012年1月17日 (火)

ソウル・フード

ソウルフードとは、アメリカ合衆国南部で奴隷制を通して生まれた、
アフリカ系アメリカ人の伝統料理の総称である。
「ソウルフード」という名称が定着したのは、アフリカ系アメリカ人に
関する事柄を指すのに「ソウル」(「魂」)という言葉がよく用いられる
ようになった1960年代半ば頃である。
(ウィキペディア)

そうね。ソウルミュージックと同じってことなのね。

ここでアフリカ系アメリカ人の嗜好や音楽ルーツを語るわけじゃありません。
地域に親しまれている料理(ソウル・フード)って話なのです。

さくら棒」ってお菓子が子供のころから好きなんだよね。
ピンク色の麩菓子です。
よくスーパーとかで売ってる焦げ茶の黒糖麩菓子じゃないんです。

さくら色のが可愛らしくて、カリッとした糖の固まったところが絶妙。
外がカリっ、中がふわっと。口の中ですっと溶けちゃいます。
う~ん、でりしゃすぅ。
(良い歳したおっさんの言葉と思わないでください)

子供の時は駄菓子屋やお祭りの夜店とかでよく売っていたんだけど、
このさくら棒、最近トンと見かけない。
見かけなくなってから、ン十年も経ってました。

で、最近知ったんですが、このさくら棒。
静岡県でしか作っていないんだって。・・・どおりで!

まさに静岡県の知られていない「ソウル・フード」。
で。
このさくら棒、ネットでまとめ買いしました。
50本入りの袋を3袋も購入。どれだけ好きだって言うんだい。
大人買いにもほどがあるって・・。とほほ。

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2012年1月15日 (日)

水戸黄門が今一つ好きになれなかった理由。

終わっちゃいましたね、水戸黄門。
でもまたいつかキャストが変わってやるんでしょうね。

子供のころは親と一緒に楽しんでみてました。
葵の印籠をだして、悪いやつらが「へへぇ~」とかしこまるのが
面白かった。もうお約束的なストーリーなのについ観ちゃってました。

でも。
いつからか「?」って思うようになって。

水戸黄門っておじいさん。
結局、親(徳川家)の後ろ盾・権力があってのおじいさん。
自分自身のちからではなくて「家」の力で相手を屈服させる。

悪い人が襲ってきても、
「助さん格さん、やっておしまいなさい」
と、自分の手を汚さず、人にやらせる。

そして最後は自分の手柄だと言わんばかりに
「かんら、かんら」と笑っておしまい。

全部、人任せ。まさに典型的なおぼっちゃま。

もし悪い人をやっつけたいなら、名前は名乗らずに、自分は老人で
どうにもならないなら助さんと格さんに戦ってもらって、最後は
名乗らずに立ち去ってほしいもの。

相手の「へへぇ~」と恐れ入るところを見たいだけの爺さまって
思うようになっちゃいました。

そんなこと言っちゃいけないんだよね。
ホントの水戸光圀さんって水戸の藩領からほとんど出なかったそうで。
そりゃそうだよね。危ないし。

でも。
自分の藩領内でも視察に出たってことが稀なことでこういう創作な
話もできてきたんだね。

遠山の金さんも実在したらしいけど、若気の至りで彫った刺青。
自分では恥だと桜吹雪は決して人には見せなかったらしい。

時代劇だと見せたくってしょうがないオジサンだけどね。

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2012年1月13日 (金)

悲しい知らせ

この「雲は、自由自在」ブログのお友達リンクに貼らせてもらった
「気まぐれ雑記帳」のマサエ。さん。
癌という難病に向かい合いながらも、前向きな日々の記事は、マサエ。さん
らしくて、時には感心しとても参考になり、そして励まされたりしました。

11月7日の記事を最後にお休みになっていましたが、コメントに入院された
というお友達のコメントが入っていました。

そして先日。

マサエ。さんが他界されたというご連絡がコメントに書かれていました。

自分のつたないブログにもよくコメントをいただき、色々と関心をもって
いただいたり、また教えてもらったりしました。
本当にありがとうございました。

詳しくは分かりませんが、抗がん剤が合わないことにより腹水がたまり、
かなり悪くなっていたようですが、記事を読むと最後の記事の前の記事は
「家の耐震工事完了」ということで、これからの人生にまだまだ!って
前向きでした。

マサエ。さん、心からご冥福をお祈りします。

そしてマサエ。さんの生きてきた足跡がしっかりと「気まぐれ雑記帳」に
遺っていること。
私のブログにもいただいたコメントは忘れない、そう思います。

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2012年1月 9日 (月)

friends もののけ島のナキ

もののけが暮らす「もののけ島」として村人達から恐れられていた島に、人間の子どもが忍び込み、まだ小さなコタケが一人、島に取り残されてしまった。コタケの対応に苦慮したもののけ島の長老は、赤おにのナキにコタケの世話をさせることにした。

赤おにナキは人間が嫌いでもののけ仲間ともうまく付き合えない暴れん坊だが、彼の唯一の親友である青おにグンジョーとともにコタケの面倒を見ていくうちに少しずつコタケの無邪気さと可愛さに心を開くようになっていく。しかし、もののけと人間は共存できない。ナキとコタケは別れの時を迎える・・。

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日本人の心の琴線に触れる話(泣いた赤鬼)を美しいアニメーション映像で見せてくれた本作は、子ども映画とバカには出来ない深みがあった。日本人の好きな「自己犠牲愛」。友だちのために見返りのない友情のために、自分を犠牲にする話にジンときます、最後のシーンがまた洒落ていました。

青おにグンジョーの声を演じた山寺宏一が見事で、赤おにナキの声、香取慎吾のぎこちなさを補って余りある出来、それに「雇われもののけ退治隊」の流れ者三人組の声が「鷹の爪団」の3人というシャレ。総統と吉田君の声が聴けます。(自分はエンドロールが流れるまで気づかず・・)

最後のエンディングロールに流れる曲が、チャップリンの「smile」をMISIAがカヴァーしていて、これもまた名曲。これを石巻の子ども達のコーラスをバックに聴かせてくれます。

上映時間88分という短い時間だけども、笑いもあり(子ども向けの笑いが多いけどね)、映像の美しさにも見とれつつ、最後はしっかりと感動しちゃいます。子どもでなくてもお薦めですよ。

『friends もののけ島のナキ』

Photo

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