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2012年2月 8日 (水)

彼の信じた正義は誰のためのもの。「J・エドガー」

FBI初代長官ジョン・エドガー・フーバー。

初代長官に20代で任命されたエドガー(レオナルド・ディカプリオ)は、
50年もの間、長官として君臨した。
それは、彼が愛するアメリカの平和と秩序を守るための選択。
彼は自ら悪と決めつけた相手、彼の邪魔をする危険のある相手を
50年に渡り、その権力で潰してきた。

 

・・彼はその過去の歴史を振り返り、語り始めた。

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それは・・。

指紋から犯罪者を割り出す近代的捜査の導入から始まり、州を超えて
犯人捜査を可能にしたリンドバーグ法の制定等、彼が遺した輝かしい
功績の裏にある、恐喝と盗聴を繰り返した屈折した禁断の歴史
でもあった。

相手は共産主義者、犯罪者にとどまらず、時としてその刃は彼を排斥
しようとする歴代の大統領・政治家へも向けられた。
それは彼と彼の愛するFBI組織がアメリカを守っていくるために必要だと
「正当化」した高貴であったはずの信念が、結局は自己愛・自己保全に
行きついたのだった。
自分の地位を揺るがす敵に対して、被害妄想が肥大化してく過程は
倒錯的であり病的でさえある。

そんなエドガー長官をクリント・イーストウッド監督は善とも悪ともせずに
淡々と描き、観る者にその判断を委ねた。

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大きな盛り上がり(クライマックス)というものは本作にはない。
ただそこにイーストウッド監督の語りたかった「アメリカの正義」という
問いかけがある。アメリカは「正義」と「悪」とを決めたがる。

はたしてそうなのか。

エドガーが貫き通した「FBIの正義」と「アメリカの正義」は同じ方向を向いて
いたのか、彼は一体何を遺していったか。そして何を失ってしまったか。

エドガーを赤裸々に描くことで観る者に問いかけているように感じた。

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前に見た「グラン・トリノ」もある意味で「正義」について問いかけていたように思う。
この映画は観た時よりも、時間をおくほどにじわじわと余韻のように膨らんでいく。
イーストウッド監督の次回作もまた期待をしていきたい。

J・エドガー

J

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コメント

こんにちは。
私が見たいと思った時には、我が町の映画館での上映が終わっていた映画です。
lastsmileさんの記事を読んで、同感できました。
権力を持つ者は、結局は自分の利益を「正義」と言う言葉でカムフラージュするんですよね。
アメリカの政策も、正に同じことを繰り返しているように思います。

投稿: ソナタ | 2012年2月10日 (金) 09時45分

lastsmileさん、こんにちは♪
イーストウッド監督ってやっぱ凄いなと感じてしまう作品ですよね。
いつもイーストウッド監督には考えさせられます。
レオナルド・ディカプリオの怪演も凄かったです。ちょっと見直してしまいました。

投稿: あばた | 2012年2月10日 (金) 12時28分

ソナタさん☆

自分の行動にどこか裏付けを求めて、後ろ戻りできなくなってしまうのでしょうか。
一番怖いのは、「人のためになる」と心から信じ込んでしまうこと。客観視できなくなってしまったときですね。

投稿: lastsmile | 2012年2月13日 (月) 21時36分

あばたさん☆

さすがイーストウッド監督!といえる映画でしたね。ただこの映画がアカデミー賞ノミネートににかすりもしなかったってことで、アメリカ自身はまだこの話を客観的にみるまで時間を経ていないのでしょうか。

投稿: lastsmile | 2012年2月13日 (月) 21時42分

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