カテゴリー「生意気にも名画を語る」の2件の記事

2010年2月 2日 (火)

漱石の愛した画家ターナーは光と水を鮮やかな黄色で描く~世界の名画

あの松を見たまえ、幹がまっすぐで、上が傘のように
開いてターナーの絵にありそうだね
と赤シャツが野だに言うと、野だ(野だいこ)は
全くターナーですね。
どうもあの曲がりぐあいったらありませんね。

ターナーそっくりですよ。」と得意顔である。
ターナーとはなんのことだか知らないが、聞かないでも
困らないことだから黙っていた。

(夏目漱石 「坊ちゃん」より)

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「チャイルド・ハロルドの巡礼」1832年 油彩

釣りに来た坊ちゃんと教頭の赤シャツ、美術教師の野だいこの会話の中で、西洋かぶれの知ったかぶりににうんざりする坊ちゃんを描いた場面で登場したターナー。この時に出てきたターナーの絵は上の「チャイルド・ハロルドの巡礼」だと言われている。

坊ちゃんの小説の中では、このあと赤シャツが勝手にこの島を「ターナー島」と命名してしまうが、たぶんこの島のことを書いたのでは?として、今では松山にある実在の島の愛称を「ターナー島」と読んで観光名所になっているらしい。

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「バチカンからローマの眺望」1820年 油彩

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー

彼は18世紀末~19世紀のイギリスを代表する国民的画家であり、西洋絵画史における最初の風景画家でもある。

Turner7 1775年にロンドンの床屋の息子として生まれたターナーは、精神疾患の母親が彼の面倒を見られず、特異な幼少期を過ごした影響か、幼い頃より一人で遊ぶ機会が多かったと思われる。そんな環境も想像でき、そんな中で彼の描く絵も上達したのだろう。その画力を高く評価した父親が、床屋の中に絵を飾って、それが噂を呼んで若くしてイギリス画壇に登場、以来英国美術界を引っ張っていくことになる。

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「戦艦テレメール号」1839年 油彩
数多くの戦績を残した古英雄テレメール号の美しい姿と、
それを
曳いていく新しくも実用的な動力船の対比が情緒を醸し出している。

Tarner3 ターナーの絵は自然の「気の流れ」とでもいうのか。水や光を描くことで全体にもやっとした印象も受ける。そしてその「気の流れ」を黄色を多用して描いたのもターナーの特色のようです。ただ作品の傾向も年齢と共に変化し、晩年はもう何の絵だか分からないような作品が多くなり、自分はあまり好きではない。

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自分の好きなのは、旅に目覚め、各国を旅しながら描いた作品。そして油絵ではなく水彩画でも油絵のような完成度の高い絵を描いていたということ。

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イタリア旅行時の水彩画 1819年

ターナーの描いた絵はどこか寂しくそして落日の雰囲気がある。それは幼少時の想いがどこかに生き続けていたのだろうか。イギリス最高の画家は、その評価の影にどこかもの悲しい。

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2010年1月15日 (金)

鮮やかな黒を描く、批判を恐れぬ革命画家マネ~世界の名画

Dscf8502 エドゥアール・マネ
Edouard Manet 1832-1883

フランスの印象派画家として先駆的画家。自由な発想で日常と風俗、肖像といった画題を描く。その鮮烈な黒の描写での傑作が多いが、それとともに思い切った画題で当時の評論家や世間から批判の嵐を受けるも、若手の画家達からその革新さを認められ慕われたそうだ。

Manet_herbe00 特に右の「草上の昼食」とそして「オランピア」という作品はスキャンダラスでサロンから拒絶され「草上の昼食」は落選させられた。正装した紳士2人と一緒にピクニックで談笑?してるのは、裸の女性。服を横に脱ぎ捨てて何も身につけずに微笑する。このシチュエーションに当時の常識がぶつかった。

そんなマネも黒の色を使わせると、黒ってこんなにキレイな色なんだなって感動してしまう。この「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾの肖像(黒い帽子のベルト・モリゾ)」という女性の肖像画は、まさに黒がこんなに華やかで美しい色だったってことを思い知らされる。ベルト・モリゾという女性は、マネの弟のお嫁さんで女流画家でもあったそうです。

Manet_morisot00

スキャンダルにまみれた画家として批判を受けながらも、フランス人の粋を忘れることなく、次の時代にインパクトを残し、新しい創造の世界を開いた画家だった。その彼の描く「黒」以上に鮮烈に。

自分は黒という色が好きです。だからマネの絵には強く引かれていくのです。

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